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板書のこだわり

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板書のこだわり
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中学校理科教師のブログです。板書の仕方、ノート作成の仕方についてまとめていこうと思います。板書だけではなく、中学校教育についても書いていきたいと考えています。ご意見お寄せください。
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4月の出会い

2012/04/03 22:16
春が来た。4月は出会いの季節だ。

最初にクラスには入り、新しい生徒たちに挨拶するのは何年たっても緊張し、心地がよい。
生徒たちも最初は何も言わなくても真剣なまなざしでこちらを見てくる。

自分の1年間の学級に対する目標を述べる。だいたいいつも同じだが・・・
@学校に生徒がいる間、保護者の代わりをする。命を守りたい。
A何事にも全力で取り組む。若いうちの1年間は貴重なことを伝える。
B3月の別れの時期にどんなクラスになってほしいか。「最高のクラス」と言えるようにしたい。

そんなことを必ず話している。

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褒める

2012/03/29 21:22
褒める教育が大切であると巷ではよく耳にする。もちろん「褒める」ことは大切であるが、どう褒めていくか考えてみるのも大切である。

褒めるポイントをしぼらなければいけない。

同じ生徒ばかり褒めていてはいけない。

たいして褒められる出来事でもないのに褒めるのも考えものである。

褒めるポイントを絞るのはやさしい。「今日はノートを上手に書いた人を評価しますよ」「発言が多いのは誰でしょう」など、最初に本日の目標を言っておくと良い。そして実際に全員の様子を評価してあげると良い。例えば、授業の終わりのほうでノートをチェックし、「この人が今日の一番のノートです」と紹介してあげると、紹介された生徒は「自分のノートがクラスで一人褒められた!」下手すると一生覚えている出来事になる。

同じ生徒だけ褒めない。これも簡単である。褒めたい生徒に課題を与えてやればよい。別に難しいことでなくても良い。「ごみを捨ててきてくれますか?」「プリント配って!」こんなことでも良いのである。やってくれたら褒めてあげればよいのである。また、生徒が自主的に学級の仕事をしていたら、よく見ていて褒めてあげると良い。けっきょくほめられた生徒は嬉しいし、一人が少しでも良いので学級のために仕事をすることが、良い学級経営の一歩だと思う。

たいしたことをしてないのに褒める。これが多すぎると、教師として信頼されなくなる場合もある。私は特に部活動などでは、簡単に褒めるばかりは良くないのではないか、そう考えることがある。勝負がかかっている場合には厳しさも必要で、簡単に褒めてばかりいては成長が遅くなることも感じている。本当に目標に達したときに褒めてあげる我慢も時には必要である。

褒められた嬉しさについ泣いてしまった生徒を見たことがある。きっとその生徒はその褒められた言葉や内容を一生忘れないであろう。厳しさがあるゆえに究極の褒め方になるのではなかろうか。
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叱る

2012/03/21 21:08
 クラス経営では遊んでばかりもいられない。毎日の生活の中で、叱らなければいけない場面がたくさんでてくる。大切なのは生徒の個性に合わせた叱り方をすることだ。生徒は何でも平等に叱ってほしいと考えているようだが、なかなかそうはいかない。成績や家庭環境、発達段階など生徒も多くのそれぞれ違った問題を抱えている。

たとえば遅刻を全員同じようには叱れない。母子家庭や父子家庭、生徒によっては幼くて甘えが強かったり、家庭の協力の差など、教師が入り込めない環境も考えなくてはいけない。大切なのは頭ごなしに叱るのではなく、まずは理由を聞いてみることだ。そしてみんなの前で叱るか、それとも一人にして叱るか、許してやるか、その場に応じて判断するのである。

ただ、生徒たちに差別やひいきを感じさせないように考えることも大切である。そういった手綱さばきが教師には必要だ。何かあったとき、マニュアル通りに進むことも大切だが、基本的にはその場に応じた作戦をすぐ立てられるかが勝負のような気がする。

しっかり指導している姿が生徒たちに伝われば、生徒たちは安心して学校生活を過ごすことができる。それが一番大切なのだ。だから、危険を伴ったり、人を傷つけたりするような行為は作戦も何もない。強く叱る、指導することが大切である。

アドンビラ
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遊ぶ

2012/03/20 22:18
クラスには40人弱の生徒がいる。すぐに仲間を見つけて楽しくすごせる生徒もいれば、そうでない生徒もいる。行動に問題があり、嫌われかねない生徒もいる。

しかし、それでも1年間はクラスはそのまま動いていく。私が一番考えているのは、仲間を作れない、仲間に迷惑をかける、嫌われてしまう生徒と教師自らが楽しく過ごしてあげることである。簡単に言えば、遊んであげればよい。

どんな生徒でも、興味を持っていることや得意なことがある。それを早く見つけてあげ、一緒になってやってみることである。そのうち優しい生徒が寄ってくる。「何してるの」「へー楽しそう」そんな感じでやってきてくれればかなりラッキーだ。

仲間を作るのが苦手な生徒に対して、無視したり、露骨に嫌ったりするものもいるが、そんな生徒ばかりではない。気にはなっていてもどういうふうにとっかかってよいか分からないから、声をかけないだけなのである。だから教師がとっかかりやきっかけを作ってあげなくてはならない。

クラスに特別支援級の生徒が交流で入ったりすることは多いだろう。私はそんなときはクラス作りのチャンスだと考えている。私が一番遊んであげるようにしている。必ずそれにつきあってくれる生徒がいることを信じている。

アドンビラ
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私の学級が新聞に掲載されました

2012/03/18 08:21
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私は今年、中学校2年生の担任だったが、学級で1年間かけて作成した掲示物が、神奈川新聞に掲載された。3月15日の朝刊である。10cm四方の色画用紙だけで壁をパッチワークのように埋めるというものだ。1278枚、生徒はコツコツと作り、完成した。なかなかの出来栄えだ。
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授業は楽しく

2012/03/17 06:21
理想の授業はどんなものか?当たり前の話だが、生徒にとって苦痛の時間ではいけない、楽しくなくてはいけない。「静かにしなさい!」なんて言わなくても、生徒が「今日はどんな話をするのだろう」そう思って自然に聞くようにならなくてはいけないのだと思う。

テレビ番組では、最近お笑いタレントが出演しているものが大半を占めている。私はそれは学校の授業に大いに参考になると思っている。ただお笑いをやっているわけではない。けっこうクイズ番組など少し教育が混じっているものが多いのである。

雰囲気のある良い授業は、お笑い番組の「トーク」にあたる、会話がある。先生が一方的に50分間しゃべっているのは良くない。講話なんかで、どんなにすばらしい人が語っていても眠くなってしまうのは経験がおありだろう。会話になってくると、人はその会話を聞くようになるのである。お笑いタレントがコンビやトリオを組むのもそういうわけである。授業でも生徒と会話すればよいのである。新しいクラスでも1週間もすれば、必ずこちらの問いかけに反応し、元気に話せる生徒がいるものである。私はその生徒を大事にしている。

クラスに何人かいる会話できる生徒を中心に授業を進めていく。そのうち楽しければその人数も増えてくる。いつのまにかボケ担当、ツッコミ担当ができてくる。このツッコミができる生徒に私は「べた褒め」をする。もちろんひどい言い方をする生徒や、いじめにつながるような言い方をする場合は注意する。このあたりが難しいのだが、笑いや気づきの最大のポイントはツッコミなのだ。

具体的に言うと・・・
例えば、教師がボケてあげればよいのである。黒板の字をわざと間違える。最初はこんなので十分だ。突っ込める生徒は「先生、その字間違ってます」そう突っ込んでくる。それをべた褒めする。時には成績にかかわる関心・意欲の点数をつけてあげる。すると生徒の集中力が増してくるのだ。「あの先生、わざと間違えてるぞ」「今度は俺が気づいてつっこんでやる」そんなことを思う生徒が少しでもいれば、授業は少しずつ活性化してくるのである。

けっこう授業で話したがる生徒は多いものだ。また黙っている生徒でもそれを楽しく聞いているものだ。

アドンビラ
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振り返ってみると・・・

2012/03/12 20:11
板書について書き綴っていったが、印刷してみるとA4用紙40枚にもなった。自分でもけっこう驚くくらい。けっこう思っていたことはたくさんあるものだ。

しかし、板書の話だけでは、限定的過ぎてねたに尽きてきたところもあるので、今度は中学校教育に話を広げて感じていることを書いていきたいと思う。

どうぞお付き合いください。

アドンビラ
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掲示物 3

2012/03/06 21:31
掲示物は何が必要だろうか?

まあ、何もなければ何もないで困ることはない。便利なのは係、清掃分担、時間割、委員会名簿などであろうか。とにかく長く使えて、毎日ちょっとくらい見るものがよい。

1ヶ月くらいではがすべきものは、はがれやすいようなものなので、人がさわって壊さないように気をつけたい。学級通信、学年通信、おしらせ、月間目標などであろうか。

基本的には何もなくて良いが、とにかく作るのであればこだわってきれいに丈夫に作ることだ。

アドンビラ
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掲示物 2

2012/03/05 22:08
掲示物はテーマやルールを決めてある程度の統一感を出した方が良い。テーマなどは生徒たちの話し合いに任せてみると面白い。

今まで担任してきたクラスでは「空」「海」「宇宙」「花」「緑」などの自然物がテーマになることが多かった気がする。一度だけ「和風」というのがあって、そのときは掲示物を縦書き、筆文字風にし、すだれやのれん、歌舞伎などをイメージして作っていた。

掲示物は簡単に壊れないような物を作成しなさい、というのが私の口癖なので、分厚い紙や画用紙などの丈夫なものを使っていく。時にはスチレンボードや発砲スチロールなども使用した。また、字を丁寧に書いてほしいので、「マジックは使わない。レタリングする。」というのもよく言ってきた。マジック禁止で、色画用紙だけで作成したこともあった。カッターの得意な生徒が活躍して、けっこう良いものができた記憶がある。

3月のクラス最後の大掃除で掲示物をすべてはがしていくと、重ねた色画用紙のところが色鮮やかになって現れる。空気に触れていたところはかなり色あせており、1年間の時間を感じることができる。「1年間大切に使えたなあ」と実感できれば良い掲示物だと思う。

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アドンビラ
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掲示物

2012/03/04 20:23
掲示物は板書とは異なるが、私は学級経営において大切なものであると思うし、こだわっている。

板書と一番異なるのは、掲示物はめったにはがすものではなく、長いものは1年を通して掲示される。だから生徒に言うのは「1年間壊れないような物を作りなさい」である。また係や委員会などの掲示では生徒の個人名を掲示することになるが、いたずらされないように気をつける。

あまり掲示物に懲りすぎて、立体的に作ったりする人もいるが、長い間もたないことが多い。教室は夏は窓を開けたりすると風が強く入ることもある。一般的な室内に比べて、ダメージを受けやすい。また、生徒たちが狭い教室内で活動していると、掲示板に手をついたりなど、予測もしないことがけっこう起こるものなのだ。

私は最初の掲示物は生徒全員の力で作る時間割にしている。時間割は月曜から金曜日まで1時間目から6時間目までを分割すると42分割できる。クラス生徒数は40人以内なので、必ず一人一役以上の仕事をすることになる。一人あたり10cm四方の丈夫な紙を与え、国語なら「国」と作らせる。難しい字にあたる生徒もいれば、数字の「1」のような簡単な文字になる生徒もいる。とにかく1年間使うものだから、一生懸命自分に当てられた文字を作りなさい、そういうと生徒たちは責任感をもって作成するものである。

できた生徒の作品をできた順に掲示板に貼っていく。パッチワークのように少しずつ時間割が完成していく。張ってないところは穴が開いているので、なんとか完成させようとするものだ。パズルだって中途半端が一番気になるものだ。完成すると一人一人の文字には統一感はないが、個性豊かな掲示物が完成する。うまくいけば20分程でできあがる。一人で作るとなれば大変だが、分担すればできるのだ、そういうことも学ぶことができる。

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アドンビラ
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生徒が背面黒板で・・・

2012/03/03 21:49
背面黒板の使い方は様々だと思う。前面の黒板が教師のメインの物であり、あまり授業では背面黒板を使用することはない。

しかし、どの学校の教室にも背面黒板は存在する。「背面黒板の利用法」なんてなかなか見つけることはできないが、なぜ必ずあるのだろう。

一つには生徒が使用する物なのかもしれない。私は基本的に生徒に自由に背面黒板は使わせない。落書きだらけになるからだ。下手するといじめにつながるような残酷なことを平気で書いてしまう生徒もいる。また、掃除をしないと前から見ていて見苦しい。だから、マグネットなどを使って、予定やお知らせ、高校説明会の予定などを張ったりするのに使っている。

でも時には生徒に自由に使わせる。この間、行事の百人一首大会のチーム決めを生徒に任せてみた。一番練習で強かった男女2人と学級委員が班を決めなさい。ただし、どの班も同じくらいの強さで男女混ざるようにしなさい。そう言っておいた。

実行委員になった男女4人は、背面黒板であーでもない、こーでもない言いながら、12のチーム作成に夢中になっていた。その日は雨で部活動が早く終わったこともあって、結局放課後3時間くらい話し合っていた。私も時々見に行った。任せたのだから口出しせず様子を見ていたが、「あーいいなあ」そう思った。

私も中学や高校のときに体育祭の係を決めたり、文化祭の出し物を考えたり、夢中になっていたなあ、先生に言われてやることよりも、自分たちで自主的に考えるのは楽しかったし、思い出に残っている。きっとこの生徒たちもそうなのかなあ、と思った。友達の意見を聞きすぎたり、気を遣いすぎても決まらないし、できることなら大会で勝ちたいので、真剣に考え3時間もかかっているのだ。

きっとそんなときのために背面黒板はあるような気がする。

嬉しかったのは、何も言ってなかったのだけれど、話し合い終了後、生徒たちがきれいに背面黒板を掃除して帰ったことだ。

アドンビラ
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評価

2012/02/28 20:58
板書からノート作成するわけだが、きちんとノートができているかどうか評価が必要になってくる。

現在の中学校の成績は4つの観点に分かれており、その観点の合計で評定(54321)が決定する。私が中学生の時は相対評価で試験重視だったと思うが、今は試験以外の観点もあり、絶対評価とだいぶ変化した。

ノートや実験レポートや宿題など提出物を評価して、成績をつける必要があるのだ。正直昔と比べるとめんどくさいが、それは生徒たちもそう思っているのかもしれない。

成績に関係あるとすると、ノートの評価も簡単ではない。主観だけで点数をつけることはできなくなってくる。ノートの評価は難しい。必要なことがまとめてあるか、読みやすいか、オリジナリティ、色、さらに努力の跡など・・・生徒が「なんで私のノートはこの評価なのですか?」と言われても答えられるようにしなければいけない。

評価は難しいのでいつも悩むが、評価をするおかげで、ノート作成に力を入れる生徒が多くなってきたことは確かである。そのためにも板書を頑張らないといけない。

アドンビラ
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柱状図から地層を推理する

2012/02/26 22:21
このブログのプロフィールの写真は地層を描いたノートであるが、この地層の板書は大好きである。

板書には教科書にはない知識の流れが作れる。最初からすべて書いてある教科書とちがい、最初に何もないところから始まる板書は、複雑なものをすっきりした絵から始めることができ、理解しやすい。

大地(地学)の学習の一つに地層がある。地層は堆積岩が長い年月をかけてつくるものである。いろいろな堆積岩が出現され、また化石が含まれていたりするので、その土地の歴史を知るのに都合がよい。

しかし、地層は崖などでは観測できるが、普通は地下に眠っているので予想するしかない。その予想は何カ所かのボーリングによるものである。掘った場所の一部分の地層を柱状図という絵にするのだが、何カ所かの柱状図から広い範囲の地層を予想するのだ。

黒板にA地点の柱状図を描いてみる。次に隣のB地点を描く。AとBはあまり変化がないように描いてやる。「AとBの柱状図からその間の地層を予想しなさい」生徒たちは2つの地層をつなげれば良いだけなので、簡単に答えを予想することができる。最初簡単にしておくことが大切だ。

次にC地点を描く。C地点は少し変化を入れる。たとえばB地点では薄かった砂岩の層がC地点では厚くなっているとか、それぐらいにしておく。まだ生徒はついてこれる。さらにD地点、E地点、F,G・・・と続けていく。途中、山を入れたり、新しい地層を混ぜたり・・・複雑になっても最初が簡単であれば生徒は流れで理解できるのである。

最後に答えを発表し、次に化石を描き入れてあげると完成である。示相化石(環境を知る化石)や示準化石(時代を知る化石)から地層の古さや当時の環境を知ることができることを教える。ノートいっぱいにできあがった地層の絵を見て、生徒たちは自ら「よく描けたな」と感動しているのである。

簡単なところから複雑なところへ、この流れを板書では大切にしている。

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アドンビラ
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中学理科の3大実験道具

2012/02/25 21:58
実験道具で重要なものといえば・・・

中学1年生では顕微鏡であろう。植物などの生物分野でかなりの頻度で使用される。中学1年生の第1回目の授業は黒板に顕微鏡を書き、その名称を記入していくというものを私は続けている。最初のノート作りにもってこいの題材である。生徒がノートを書いているときは、机間巡視し、そして褒めてあげる。最後に私は「板書にこだわってますよ」「ノート作りがんばりましょう」というのを伝えている。

中学2年生ではガスバーナーであろう。化学実験で頻繁に使われる。小学生の時はアルコールランプのようだが、火力調整、燃料補充が必要ない、ガスバーナーが中学校では必要になってくる。

では中学3年生では?大人になってしまうと分からないが、物理・速度実験で頻繁に使われる記録タイマーであろう。1秒間に50回打点するので、そこに紙テープをセットして、物を動かすと、速度を目で見て感じることができる。

実験道具をどう押さえるかは大切である。日常生活では使用しない物も多い。特徴を捉えることが大切である。

アドンビラ
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シール式磁石は便利

2012/02/25 08:10
シールになっているゴム磁石が販売されている。大きさはさまざまに切り分けることができたり、1cm×2cmのような小さい長方形にすでに切ってあったりいろいろである。

このシールを使って板書を工夫すると、たくさんの可能性が出てくる。まずは紙に書いた名札の裏にこのシールを貼っておけば、黒板に名前を簡単にくっつけることができるので、委員会や係決め、球技大会のチーム決め、バスの座席決めなどさまざまなことに使える。名前をいちいち黒板に書くと、汚く見えるし、変更するときに何度も消さなくてはいけない。

生徒の発表学習にも有効だ。たとえば班の話し合いをクラスで発表するとき、内容を班で画用紙などに書いてもらったら、磁石を張って黒板にくっつける。いちいち黒板に来て書かなくても良いので、楽である。見た目もきれいなので、そのまま掲示物にすることだってできる。班で目標を立てたり、班行動の計画を立てたりするときにとても良い。

また、「ガーデニングボランティア募集」「合唱パートリーダーは音楽室へ」などの紙面に書いてあるお知らせや高校から来る学校説明のポスターなどをちょっと張っておくのに便利だ。紙の裏に貼るので、画鋲などで張るより断然きれいである。

アドンビラ
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最高の文字数

2012/02/23 22:22
黒板に書く文字の大きさは7cmくらいが良い、と書かせてもらった。理由は2つで、一つは一番後ろの生徒もまず見えることだ。もう一つはノートが7mm幅なので、拡大率100パーセント、ノート1ページの面積を100パーセントに拡大すればちょうど黒板くらいになるので、板書1枚がノート1枚くらいにちょうど収まるからだ。

しかし、そんなことは無視して、やたら小さい文字で黒板にびっしり書いたことがある。自分の記憶にもものすごくはっきり残っている。それは・・・

11月に書いたブログを読み返して思い出したが、ガーナに滞在し、ボランティアで理数科教師をしていたときの話である。私はガーナの高校生に理科を教えていた。あるときの定期テストで「印刷機が壊れた!」となったのである。

日本のようにすぐに修理したり、他から借りたりすることができなかったので、校長の判断は「問題のすべてを黒板に書きなさい」とのことだった。それも解く早さが生徒によって違うので、すべての問題を黒板に書きなさい、ということだった。

休み時間から教室に行って、つたない英文で一生懸命小さい字で問題を書いた。「さすがにガーナはすごいな」と思いながら書いた。何文字書いただろう?とにかく1枚の黒板にあんなに字を書いたのは、あれが最初で最後であろう。

もっと驚いたのは「先生!字が見えません!」という生徒が一人もいなかったことだ。日本より広いガーナの教室で、もちろん蛍光灯などない。彼らの目の良さには本当に驚いた。(2.0は全員超えていると思います)

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アドンビラ
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黒板で感動すること

2012/02/22 20:24
卒業式や誕生日のときなどに、生徒たちが思い思いに黒板に感謝の言葉を書いてくれたことがある。教師としてはそれが本当に嬉しいものだ。

そう言えば、なんかの宅配便のコマーシャルで、小学生が先生に「ありがとう!」のような感謝の言葉を黒板に書いておいて、先生がそれをうるうるした目で見ているのがあった。あんな感じである。

そういう雰囲気に子供たちがなったときは、子供たち自信も幸せな気分になっていることだろう。お互いうまくいけば学校というところは本当に他の場所では味わうことができない感動を味わうことができる。

私も40を過ぎ、久しぶりに卒業生の新年会の呼ばれて行ったことがあるが、「先生のようになりたくて、先生になりました。」「先生になって初めて、先生が感じていたことが分かりました」なんて嬉しい言葉をかけられたことがあった。長い付き合いになれば、本当に教師冥利につきるのである。

それを目指してまた明日からも授業をするのだ。

アドンビラ
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日本地図!

2012/02/21 20:06
このブログを書き始めたころに書いたことだが、日本地図を早く上手に描かせる、日本地図ナンバー1を決める、そんな板書の時期になった。2年生の天気図である。

「うめー!」私が10秒ほどで日本地図を描くと、感心してくれる生徒が何人かいる。「さあ、あまり時間をかけずに、そしてリアルに描いてみよう」「日本人なら日本地図くらい描けなくてはね」「日本地図ナンバー1は誰だ!」なんて言われれば生徒は夢中になって描くしかない。

机間巡視しながら、声をかけ、ナンバー1の生徒を発表する。やはり嬉しそうだ。

日本地図をさらさらっと描くのに一番難しいのはバランスだ。北海道、本州、四国、九州の位置、大きさ、ある程度の形である。九州を大きく描いてしまう生徒が多い。北海道に対して県がたくさんあるから大きく感じるのだろうが、まったくもって違う。北海道のほうが断然大きい。また本州が大きくなる生徒も多い。もちろん北海道より大きいのは確かだが、本州の中に北海道はすっぽり入らない。本州は感じているより細長いのだ。紀伊半島、伊勢湾、伊豆半島、東京湾、房総半島などはリアルに見せるためにでこぼこ描くのだが、生徒はそれが一つ一つ大きくなりすぎて、カッコが悪い。

とにかく、一生懸命描こう、そう思う題材である。市販の地図ばかり使わないで描いてみませんか?

アドンビラ
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生徒に板書させるとき

2012/02/20 21:42
生徒が黒板に来て、答えをチョークで書く・・・こんな光景は日常よく見られることだろう。やたらめったらこれをやると、黒板が汚くなってしまうし、答えを間違えて傷つく生徒もいるかもしれない。

私が気をつけているのは、間違ってもあまりショックを受けないような問題、まだ習いたてで間違えが多くなると予想されるときは、無作為に生徒を指名し、書いてもらうようにしている。また問題が1問では、書いた生徒が目立ってしまうので、一気に10問ぐらいやれるようなときに、やはり無作為に指名する。わざわざ前に出て、記録を残して間違えるのは抵抗がある生徒もいるだろう。

問題が少なくて、書いた生徒が目立つとき、また問題が難しいときなどは挙手させて、選んであげると良いだろう。時にはまず引っかかってしまうような問題で、誰かが一度間違えてくれたほうが、二度同じ間違えをしないですむように・・・なんて考える問題もある。そんなときは、ひょうきんで何でも明るく受け入れることができる生徒を指名し、その生徒に一度間違えてもらおう、なんて考える。間違えが良い教材になるのだ。

また、実験の結果など、班長などに書いてもらうこともある。

そのとき思うのだが、問題や図を丁寧に書いておけば、何も言わなくても、生徒は答えを丁寧に書いていくものだ。逆に問題が走り書きだと、生徒の答えも雑になる。結局、先生の板書は、何も言わなくてもお手本になっているということだ。

アドンビラ
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ああ、ちょっとショックなとき

2012/02/18 21:29
ここらでちょっと一息。

板書しているときにたまに起きるショックなことと言えば・・・

それはチョークを落としたときです。なんせ細かく砕け散って片付けるのがけっこうめんどくさい。それにそれを靴で踏んづけたりすると教室中、チョークで汚くなる。

折れにくい、落としても粉々にならないチョークはできないものか?

アドンビラ
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板書半分、会話半分

2012/02/17 22:31
教師をやっていて楽しいのは授業で生徒と会話することである。一人でしゃべっていては必ず飽きられてしまうし、自分自身楽しさを感じない。実は会話で授業が進んでいくと、その会話は記憶に残りやすいものなのだ。

それはテレビ番組でも実践されている。お笑いの人たちはコンビを組んでボケとツッコミを忘れない。コンビネーションがうまくいけば笑いを誘うことになる。それを人々は楽しいと思い記憶に残すのである。別な例では、クイズ番組がそうである。覚えてもらいたいことをクイズの答えにして考えさせる時間が、人の興味関心をひくのである。「あーなるほど!」となって覚えるのである。お笑い番組でトーク番組が多いのも同じ意味であろう。

どんなに良いことを言っていても、一方にしゃべる選挙演説のようでは、頭に残らないのである。授業では受け答えを明るくやってくれる生徒を私は大切にしている。その生徒と私の会話を安心して聞いてもらうようにする。もちろん打ち合わせをするわけではないが、楽しくなるものである。クイズ形式にしてランダムに当てたりもする。「いつ当てられるか」という緊張感も必要だ。でも生徒の性格を考えて、当てられて答えられなくてつらい思いをしてしまう生徒もいるので、発問を考える。必ず答えられるように工夫したりもする。まったく参加しないように配慮しなくてはいけない。

板書は記憶を確かなものにする手段として大切であるが、もちろんこればかりではいけない。会話、ノート作成のバランスを考えながら授業をするのだ。

アドンビラ
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気合いを入れたテストプリント

2012/02/16 20:29
板書すれば生徒はノートを作成する。それは当然手作りである。今の世の中、手書きで頑張っているのは生徒学生だけかもしれない。大人はほぼパソコン、ワープロである。

私はテスト対策プリントを必ず手作りで作って渡すことにしている。ワークやドリルを渡すより良いと思っている。生徒に「頑張って勉強しなさい」と伝わる気がしている。生徒も手書きしているのだ、いつもいつもこちらがワープロで良いとは思わない。

仕事は大変であるが、テストにでそうなところをまとめると、結局、自分が授業をするときや、テストを作るときの良い勉強になるはずだ。ぜひ試してもらいたい。

生徒にはけっこう好評のようだ。

アドンビラ
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問題は良問を

2012/02/15 21:12
板書していて面倒だと思うことは問題文を書くことである。板書はなるべく要点を書くことにしているが、それだけではテスト問題でどういう問題がでるのかイメージしにくいので、問題とその答えを板書する必要もある。

問題文が長くなるようなものは、それを黒板に書くだけで大幅に時間がとられてしまう。そう言った問題はワークやドリルなどを使った方が好ましい。

板書ではこんな計算問題が問われますとか、実験ではこんな点が注意するところです、などの問題文が短いもの、良問を選んで、書いてあげると良い。

たとえば銅を酸化したときの銅と酸素の割合は4:1である。と板書したときに「では銅が2.4gならば何gの酸化銅ができますか」などは良問と言えるだろう。4:1だけを考えて間違える生徒もいるので、ここで銅と酸化銅の割合は4:5になるということも押さえることができる。

問題はワークやドリルだけで・・・と考えてしまうのも少し問題がある。板書を上手く使って、考えさせながらノートを作成させる。板書を上手に使うことも大切である。

アドンビラ
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余白に書くこと

2012/02/13 21:02
メインで書くことは要点をまとめ、理解しやすくしなくてはいけない。余白はわざとすらすらっと書いて、生徒の皆さんは写さなくても良いですよ、という気持ちを伝えつつ書く。

私が余白に書くことは大きく分けて2つだ。写さなくても良い、と言っているが、生徒は結構写している場合が多い。

一つは授業に関わる内容に追随する雑学(トリビア)である。細胞のところでは、人の体には60兆くらいの細胞があるとか、最大の細胞はダチョウの卵だとか、テストには出ないがちょっと知っておくと面白いことである。理科は特に雑学の固まりのような教科である。本を読んで自分が興味を持ったことは話してあげたり、余白にちょっと書いてあげると生徒は楽しいようである。

もう一つは、語呂合わせなどの覚え方である。私は覚えなければいけないことは語呂合わせだろうが何だろうが、きっかけは何でもかまわないから覚えてほしいと考えている。自分で語呂合わせを考えることも多い。青になったら歩こうよ→BTBやリトマスが青に変色したらアルカリを意味している。茶道ー→塩化銅の電気分解では−極炭素が茶色になり銅が析出したことを意味している。などなど。

覚えてくれれば何でもやる。歌も歌うし、踊りも踊る。ラップも歌う。板書も楽しくなるように余白を活用している。

アドンビラ
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黒板とは?

2012/02/12 18:36
そもそも黒板はいつごろから使われていたのか?日本では寺子屋で使われ始めたらしい。明治時代付近にアメリカから「ブラックボード」という名前で伝わってきたようだ。

当然色は黒。そういえば、ガーナの黒板も黒だった。日本は今は緑であるが、1950年代に黒から緑に変化したらしい。理由は黒の板に白い文字は目の負担になるからだった。

企業ではチョークの粉が嫌われ、黒板はほとんどなくなり、ホワイトボードにマーカーペンになったが、なぜか学校では黒板はなくならない。なぜだろうか?ちなみにチョークは炭酸カルシウムでできているものが多く、その原料の大半がホタテ貝の殻か、卵の殻なので、体には悪いものではない。

今や教壇はなくなっている学校も多い。それは黒板が上下に移動するものが多いからだ。しかし、その値段は大変なものである。

「なぜ黒板、チョークがなくならないのだろう」時にそう思うことがあるが、私みたいにこだわっている教師も多いだろうから、あの味は簡単になくならないのだろうか。字をただ書くにしてもホワイトボードではしっくりいかないのは私だけではないのではなかろうか。

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アドンビラ
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背面黒板

2012/02/11 20:23
どこの教室にも背面黒板があると思うが、どのように活用しているか?

授業で使うことはまずない。私はひとつの活用法としてお知らせに使っている。例えば欠席者の表示や、一週間の予定や、教科や委員会からの連絡など。行事のときも活用している。3年生になると高校の見学会など、進路情報を掲示したりする。

ただ、背面黒板で気をつけないといけないのは、いつの間にか生徒の自由な掲示板のようになってしまうことである。前にも書いたが、あまり長いこと黒板に書きっ放しというのは良くないので、生徒が使うにしても、係を決めたり、または極力チョークは使わないようにさせると、そうそう乱れない。

悪い環境の教室というのは後ろから乱れていくなあ、と思う。ごみが多かったり、ロッカーがぐちゃぐちゃだったり、そして背面黒板が落書きだらけだったりする。掲示板もあるが、ひどい教室ははがれていても誰も直そうとしない。教師は普段から環境整備を心がけたいものだ。

アドンビラ
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隙間が美しさを作る

2012/02/10 22:43
板書もノートもそうであるが、隙間(スペース)を空けてやることが美しさにつながる。また、余裕になる。

子供がノートを作っているとき、机間巡視しないでおくと、3割くらいの生徒は小さく詰めて書き始める。小学生の頃は恥ずかしげもなく大きな文字を書くが、中学生は小さくなっていく傾向がある。嘘だと思うなら観察してご覧なさい。

私は板書1枚がノート1ページになるように常に言っているから、そうなる生徒は少ないが、それでも小さい文字になる生徒はいる。口癖で「私は小さい文字は見にくいから嫌だなあ」と言ってしまう。実際小さく書いている生徒はノートの振り返りなんてしないだろう。

黒板は左右と下のスペースは空けておきたい。左右のスペースは授業の中で板書する程でもないが、ちょっと説明で書きたいときなどに使用する。下のスペースは最後まで書かないことが多い。単純に下の方は後ろの生徒から見にくいから書かない方がよいと思っている。

生徒のノートは右端を空けるように言ってある。何かふと書きたいことがあったら、そのスペースに書きなさい、と言ってある。だから教師は横に長い文を書いてはいけない。ノートの右端までかかってしまうような長い文はだめである。短く簡潔に書かなくてはいけない。

隙間がたくさんあると、気持ちを楽にして読むことができる。「さあ、勉強しなくては!」と構えなくてすむ。詰めて書きすぎると、その余裕がなくなるのだ。

タッチという漫画があったが、あの漫画は吹き出しに文字がほとんどない。あれは名作である。ふっと簡単に読めるのが良いと思う。(私はゴルゴ13も好きだが、文字がたくさんなので気合いが必要だ。しかし、主人公のゴルゴはほとんどしゃべらないが・・・)

アドンビラ
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なぐり書きのような板書をするとき

2012/02/09 18:24
板書のこだわり、ということで丁寧に工夫して、生徒のノート作成がしやすいように・・・とここまで書いてきたが、私もそんなこだわりを捨てて、ただただ黒板いっぱいに順序もへったくれもなく、なぐり書きをする授業がある。

それは・・・道徳の授業である。

なあんだ。そう思うでしょう。道徳はわざわざノートをとらせる教師は少ないのではないかと思う。私も道徳のときは資料を使って、生徒の感想や意見をどんどん書くのだ。字の上手さは気にしない。

ただ、意識していることはある。最初に資料を読むときは絶対に私が読む。生徒たちには読ませない。国語の授業ではないので、資料は一番上手に読める者が読むべきである。すなわち教師である。

そして道徳でもっとも大切なことは人の意見を聞き、自分の考えを思い浮かべることである。だから、人の意見を忘れないように板書していくのである。板書の中で意見が2つに分かれたりしたら、区切ったり位はするが、基本的に黒板いっぱいに積み重ねるように書いていく。

授業が終わったときに黒板を見て、「ああ、あの人はこんな考えか」「あの意見は面白い!」「自分はこう思うなあ」というふうになればよいと考えている。特に答えを出すことはなしにすることが多い。せっかく生徒が意見をたくさん出したのに、最後に自分の考えを述べてしまう教師がいるが、それでは教師の意見が強くなってしまい、時には押しつけがましくなったりする。そんなことをしていては、道徳の授業をするたびに生徒の斬新な、時には何だこの考えは?というような発言はなくなってしまうだろう。

アドンビラ
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タイトル

2012/02/08 21:54
黒板に最初に書く言葉は、やはりその日のタイトルだろう。タイトルそれ自身は重要単語でもない場合が多い。しかし、タイトルはきちんと書くようにしている。タイトルを書くことによって「今日の学習が始まるのだ」そんな気持ちにさえなる。

私はタイトルはなるべく教科書にリンクするようにしている(教科書のタイトルをそのまま使っている)。教科書の何ページか分かるようにしている。このブログで何度も書いているが、板書で教科書をまねる必要はなく、要点や簡略化した図や流れがつかめるものでよいのだ。

しかし、タイトルは違う。後でノートを振り返って学習するときに、ノートだけ見ていても細かいところまでは分からないので、教科書とリンクさせるためにはタイトルやページ数が重要なのだ。逆にタイトルはそれだけ分かればよいのかもしれない。

私は発言したり気づいたことを言った生徒には点数をあげることにしている(成績にも反映しています)。だからタイトルを最初に書こうとしたとき、「先生!今日のタイトルは○○です!」とか「教科書何ページ!」と発言する生徒がいる。意識付けは大切だと思う。

アドンビラ
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いつまでも消さない板書は良くない!

2012/02/06 22:12
たまに「数学のワークを23日までに提出!」なんて黒板に書きっぱなしにする教師がいるが、あれはだめだ。そもそも黒板は自分のものだけではない。自分の時間が終わったら、次の人のために黒板はすべて消すのが基本である。申し送りがあるのなら、掲示物にするか、授業で毎回話せばよいのである。

黒板に長いことチョークの文字が書いてあると、そもそも汚らしい。毎日生活しているので粉っぽくなる。それに授業をする先生も気を遣う。「これ消しても良いの?」なんて聞くときあるでしょう。

もっとひどいのは、「○○の未提出者。山田太郎、山田花子・・・」なんて実名を黒板に書いて、いつまでも放っておく教師もいる。良くないことを伝えたいのは分かるが、毎日毎時間そんなものが目に入ると、子供は嫌な思いをする。そんなことは一回一回口で言えばいいのだ。

自分としては黒板に一日書いておいて良いものは、月日、曜日、日直、欠席者くらいでよいと感じている。あくまで黒板は授業者のものだ。担任だからといって私物化してはならない。

アドンビラ
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空中に浮いた実験道具

2012/01/30 21:25
実験の説明をするときは、必ず薬品や器具がついてくる。

板書で実験の説明をするときは、余計な(混同してしまうような)実験器具を描くのをやめ、大事なものだけ描いて説明することが大切であるし、生徒も書き写すのが楽になる。

例を挙げるとしたら蒸留の実験。蒸留は丸底フラスコにエタノールと水の混ざったものを入れ、沸点の低いエタノールだけを取り出す基本的な実験である。ここでは丸底フラスコを固定したり、ガスバーナーを用いたり、実際の実験では多くの器具が必要になる。しかし、板書のときに全部描いてはいけない。ごちゃごちゃになる。教科書はすべて描いてあるので生徒は何が大切なのかパッと理解できない。

丸底フラスコは空中に浮いているように単独で描けばよいのである。スタンドは描かない。ガスバーナーは炎だけでよい。他には沸騰石や蒸留で冷やすために使う水入りの水槽などは描いたほうが良い。

「火を消す前にガラス管を試験管から抜くこと→エタノールが逆流しないように」「沸騰石を入れると突沸が防げる」など実験の注意点になるものは省けないのだ。

また、水の電気分解ではH字管などの変わった試験管を使う。これは丁寧に描いてやるが、電源装置などは省けばよい。

前にも書いたが、実験の流れは4コマ漫画風に書くと流れが分かりやすい。実験道具を何度も描くのが面倒なら、なおさら道具は最小限にしたいものだ。私は黒板のマス目を使って、同じ実験道具はなるべく同じ大きさに描いてあげるようにしている。かえってこういうところに気を使うほうが良いのかもしれない。後で書き終わった板書を見てみると、大きさがそろった実験器具が並んでいるときれいに見えるものだ


アドンビラ
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好きな質問書いてみて

2012/01/24 22:23
黒板はきれいな方がよいが、休み時間に理科の質問がある生徒は、黒板に書いて良いことにしている。

別に書かなくても良いのだが、けっこう書く生徒も多い。理科に関係するものならジャンルは関係なく書かせている。結構面白い。生徒も書いた質問に答えてもらえるのが嬉しいようだ。

私は中学生が質問しそうな理科の疑問に対応するために、雑学や科学・数学の本をまめに読むようにしている。まあ、時には対応できないような質問もあるわけだが、そこは上手く話せるかどうか自分を試している。授業は準備されたものを教えることも大事だが、相手あってのものなので、受け答えも大切なのだ。

ほとんどの生徒が質問に答える私に驚いていたり、ふーんと思ったりしているようだ。授業の最初から「さあ、ノートをとりますよ!」よりは少し準備運動のようで良いかもしれない。

質問は10年近く続けているのでいろいろなものがあった。こまめにメモしておけば良かったかなあと思う。最近で覚えているのは「なぜ塩をまくと氷が溶けるのか」「ブラックホールって何か」「タイムマシンは作れるのか」「宇宙はどんなところか」なんて質問である。

たまには、「先生が一番楽しかった思い出は?」みたいな理科の質問ではないのもある。でも思いついた答えを必ず言うようにしている。たまに授業前の休み時間に、生徒が黒板に群がって一生懸命質問を書いていることがある。当然、そんなときはチャイムに遅れてくることもなく、良い風景だな、と思いながら私はにやにやしているのである。

アドンビラ
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黒板消し

2012/01/23 20:42
チョークのことを書いたので、黒板消しも書こうかなと思う。

チョークも黒板消しも学校の消耗品で一度も自分で買ったことはない。もちろん黒板消しクリーナーもそうだ。しかし、この商品たち、30,40年前とさほど変化してないのでは?と思う。掃除機は新しい技術がどんどん目立っているが、黒板消しクリーナーなんて音はばかでかいし、チョークの粉がちょっとたまると排気がものすごく粉っぽい。誰か開発しないのかなあ。まあ、学校くらいでしか使わないから開発競争にならないだろうが・・・

黒板消しもきれいに消えない。私は1日の終わりは黒板をぞうきんで水拭きしているが、それは黒板消しだけ使っていてもきれいにならないからである。消しても消してもチョークの粉を伸ばしているだけみたいな状態になるのである。こちらもなんとかならないだろうか?なんともならないよなあ・・・

板書のこだわりというか、道具の愚痴になってしまいました。
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きれいな黒板は書く気が起きる。

アドンビラ
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チョークの使い方

2012/01/21 21:01
チョークってもう少し発展しないものかな、そう考える。

文房具用品は好きな人も多く、新しいアイデアのものがいろいろ出てくるが、チョークは昔からあまり変わらない。チョークの粉がつきにくいように最近は簡単なコーティングがあるが、1時間授業をしていると手が白くなってくる。

私は縦線が太く、横線が細い、いわゆる明朝体に近い感じの文字フォントが好きなので、長年やっていると、いつの間にかチョークがそんな感じでけずれていくように持っているようだ。しかし、チョークは減りも早いし、こだわりの文具になることはこの先ないような気がする。

こんなに毎日使われているのに不思議ですよね。

でも授業の後、チョークで汚れた手を洗っているときは嫌いではないのです。


アドンビラ
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絵や図は描けますか?

2012/01/17 21:04
理科の授業で文字ばかり書くことはない。

図や絵は必ず描くことになる。それを生徒は写すのであるから、生徒が描けそうな図や絵を描かなくてはいけない。

教科書をそのまま写させるとどういうことになるか?あまりにも写実的で、生徒たちは結局それをご丁寧に写そうとするので疲れてしまう。やはり工夫が必要なのだ。

私は試験管たて、スタンド、三脚、試薬瓶など実験に直接関係なものは描かない。別に試験管の絵が宙に浮いていてもかまわないわけである。それより、一度試験管を描いたら、同じ試験管は同じ大きさにそろえて描いたり、そちらの方に気を遣う。

立体感もほどほどがよい。天球などを描く際は三次元的に勉強するので、立体感が必要だが、それほど必要ない場合はごちゃごちゃ感が増すだけである。

私が一番得意にしているのは動物だ。動物の脚などをリアルに描くと、それなりに見える。昆虫や甲殻類、ほ乳類などリアルに見えてくる。簡単に写せるように、そして少しでもリアルに。いつも絵を描くときに意識している。

余談だが、絵の上手下手は、ミッキーマウスやドラえもんなどの丸みを帯びたキャラクターを描けるかだと思う。絵の上手い人は丸っこい絵を描ける、というようなことをウォルトディズニーも語ったようだ。ミッキーマウスは簡単なようで難しいですよ!

アドンビラ
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実験は4コマ漫画で!

2012/01/16 19:46
理科には実験がつきものである。

実験したところはテストにも出やすく重要だ!実験やるだけで終わっていませんか?一番大切なところだから私は3往復します。

まずは板書。実験は起承転結がはっきりしているので4コマ漫画風に書く。
@道具、薬品の準備
A展開(火をつける。電流を流すなど)
B変化、結果
C指示薬などの使い方。まとめなど
まあ、実験の説明は流れがあるので、まとめていつも4コマ漫画みたいにしておけば、生徒もノートにまとめやすい。そもそも教科書は@〜E、@〜Bなんて実験ごとにばらばらのコマ数だが、そんなものは教師がまとめたり、省いたりすれば常に4コマ漫画になるのだ。4コマ漫画風板書に慣れている生徒たちはノート1ページにきれいに納めて書いている。ここが大切なのだ。

そして実験本番。
ここで私は板書とレポートプリントを使用している。ノートはとらせない。ノートを丁寧に書こうと思っている生徒が多いので、実験のときは時間がなくなってしまう。実験に集中させるため、ノートはとらず、少しでも時間を節約するようにしている。この実験本番の時は注意点をしっかり押さえる。たとえば、電源装置の扱い方、蒸留などでは逆流の防ぎ方、危険薬品についてなどである。これまた実験で必要なことだが、当然テストでも出題される。

最後にレポートを仕上げさせ、提出させる。
あまり宿題は出さないが、実験のときは必ず宿題にし、振り返りをさせる。

板書だけではないが実験は遊びにならないように。そして知識をしっかり身につけさせるようにすることが大切だと考えている。

4コマ漫画はお勧めですよ!

アドンビラ
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黒板には磁石がつく

2012/01/15 10:10
現在の黒板は中には鉄が混ざっていて、磁石がくっつくようになっている。前にも書いたが、ガーナでは本当の板だっただけに、やはり日本の黒板は便利である。

磁石は大いに利用できるが、その中でも便利なのはクラスの生徒の名札をつくり、その裏に磁石をつけたものである。少し小さいが、私はこの名札を縦5cm、横10cmで作っている。このサイズにしておくと、男子全員縦に並べても、一列で黒板に収まるからだ。

この名札にも少しこだわりがある。それはクラスが決定した始業式前に、最初に手書きで作るのである。前にも書いたが、丁寧に手書きをすることによって、人と人とのつながりは良くなるように感じるからだ。全員フルネームで黒で書く。よく女子を赤字で書く方がいるが、これはやめていただきたい。赤の字というのは名前に使っては良い印象はない。色を区別したいなら、端っこにちょっと色を塗るとかすればよいのだ。私は出席番号だけを男子、女子で色分けしている。

そして、最初に座席表になるようにこの名札を黒板に張るのだ。新しいクラスに来た生徒たちが最初に目にするのはこの名札である。

「丁寧に一人一人名札を書いたから、1年間大事にしてください」きちんと話をする。1年間使えるように紙も板目紙の丈夫なものを使う。実はこの名札はいじめにも使われる微妙なものなのだ。管理をしっかりしなくてはならない。いじめられる子が名札にいたずらされるなんてことがないようにしてもらいたい。けっこう人の名前というものは重いものだ。

活用は多岐にわたる。席替え、体育祭の種目決め、委員会決め、係り決め、バスの座席表・・・いたるところで活用できる。大事に使っていれば愛着さえわく。一度卒業生が「先生、この名札卒業式にください」と言ってきたので、卒業式の朝には、役割を終えた名札が、私のクラスには生徒の机上に乗っている。

名札ひとつとっても大切なのです。

アドンビラ
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黒板掃除

2012/01/14 12:54
良い板書をするには黒板をきれいにしなくては!

1日の終わりの黒板は粉っぽくて気持ち悪い。もちろん生徒が分担して掃除しているわけだが、私なりの掃除の仕方を教えている。

まずは水をたっぷり含んだ雑巾を3枚用意する。外に出ているチョークをチョーク入れにしまい、一番粉っぽいチョーク置き場を1枚目の雑巾で拭く。このとき、端っこに粉がたまるので、ここは念入りにふきふき。実はこのチョーク置き場がきれいになると、もうなんとなく終った感じさえする。

次に2枚目の雑巾で黒板をふきふき。水を多く含んでいるとすべりが良いのですぐに終る。しかし、ここでやめてはいけない。どんなにぬれた黒板がきれいに見えても、乾いてくると拭いた後がすじになって見えてくる。というわけで、3枚目の雑巾でもう一度ふきふき。これで完璧である。慣れてくれば5分とかからない。

昔は黒板はあまり水拭きしたらいけない、なんて教わったが、今の黒板はまったく大丈夫である。

きれいな黒板に書き始めると字も上手になる気がしますよ!

アドンビラ
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先生は「生徒の先を行く」と書くのである。

2012/01/13 21:47
先生とは生徒の先と書く。生徒と一緒ではだめである。生徒の先に立ってリーダーシップをとり、知っていることを教えてあげるのである。

板書のこだわり、という題名をつけたが、板書は生徒がノートを作るためにあるのである。ではノートの書き方を黒板だけですべて説明できるのか?

私は自分でノートを作っている。いわゆる自作プリントだ。これは絶対に手書きにするようにしている。生徒だって、ノートは手書きである。パソコンは使わない。

これは苦労する。「見本にならねば」そう思うとやたら大変である。教科書を写せばよいというものではない。自分なりに理解しやすいようにまとめて書くのである。絵も自分なりに描く。

このプリントを生徒に渡す。勉強に仕えるように多少穴埋め問題も入れてやる。

どんなふうに活用するのかな?興味がある。生徒は半分くらいは感心しているようだ。そして3割くらいの子は私のプリントがまとまっていると思い、すべて自分のノートに写している。他には色をつけたりして何回か読んで覚えようとしている。中には穴埋めが終わると「もう1枚ください」なんてうれしいことを言ってくる。テスト勉強で使う子も多いようだ。

当然、手書きのものは見にくかったりする。色もない。でもこちらの気持ちはすばやく伝わるような気がする。

もうひとつ利点がある。自分で手書きのノートを作ると、当然授業がスムーズに流れる。自分なりのまとめ終わったところを教えるのだから当たり前である。テスト作りもすぐ終わる。自分の手で書いているうちに問題を頭に一度浮かべているのである。

大変な作業であるが、毎年これを繰り返している。教科書の内容も少しずつ変わるので、また、自分も少しずつ忘れるので、毎回やっている。ぜひ試してもらいたい。

嬉しかったのは、一度若い先生が「自分もやってみます」とまねしてくれたことであった。彼は字が下手なので・・・と時間をだいぶかけて丁寧に作っていたようだ。毎回できたノートを見せてくれた。1年もたつととても上手になっていた。「黒板もすらすら書けるようになった」と彼自身も喜んでいた。

また、受験前の生徒が「受験に使うので今までの先生のプリント全部ください」と言ってきた。これまた嬉しかった。プリントは30枚くらいになったが、3年間の教科書に比べれば、まとまっているのでスリムなほうだ。その生徒はそれを何回も勉強してくれたようだ。試験直前にも使えました!と喜んでいた。

先生と生徒、人と人とのつながりである。パソコン、ケータイ全盛の時代だが、手作りをじっくり味わえ、心がつながる良いものも中学校には残っている。

アドンビラ
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テストに出やすいところは押さえる!

2011/12/18 19:28
板書をきれいに書こうが、テストにそれがつながらないのであればそれは意味がない。スポーツで言えばノート取りは練習、テストは試合である。

神奈川県の高校入試で出やすい単元を調べている。過去10年くらいを元にしてみた。

ほぼ毎年出題されるのは・・・
化学(分解反応、化合反応)
地学(地震、火山、岩石)

化学の化学方程式を含めたところは、やはりよく出題されている。また、化学の実験は危険も伴うので、大切であり、出題が多い。ザ・理科といったところだろう。また、気体など目に見えないものを扱うので、その特徴なども出題しやすい。

地学の分野で大地の単元がかなり出題されている。ここは火山から学び始め、火成岩、堆積岩、地層、化石と流れるように続いている。そして最後に地震を学ぶ。地学は後に天気と天体を学ぶがここは2年に一度くらいの割合で出題されている。

物理はしぼりにくい。光・音・力の単元、電気の単元、力と運動のあたりがもっとも出題されるが、どれも2年に1度、もしくは3年に2度くらいの割合で出題されている。

生物は幅広く出題されることが多い。植物、動物、人の体、細胞、生態系など少しずつだがまんべんなく出ている。ここは暗記ものなので、きちんと覚えないところをまとめてしっかり覚えることが大切だ。1問1答の問題を100問くらいに絞ってやっておきたい。

毎年、物・化・生・地は必ず出題されるので、まとめ方が大切である。また、学習の仕方も異なるだろう。単に暗記で良い単元は直前でも間に合うことを伝え、電気、力、運動など数学の要素が強い部分は少ない時間でも良いのでこつこつ続けて勉強しなくては応用力がつかない。

生徒はきちんとまとめることが苦手だし、どういう学習法が点につながるのかが分からないので、きちんと伝えるようにしている。次回書いてみようと思うが、ノートを上手に作らせるだけではなく、補助になる教材などを工夫している。


アドンビラ

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覚えなければいけないものは一気に全部書く

2011/12/12 21:30
理科は暗記しなければいけない分野も多い。たとえば原子の記号や分子式、化学方程式。ちなみに現在教科書に出てくる原子の記号は15種類で、それはすべて覚えないといけないから一気にすべて書いてしまう。

H、O、N、C、Cl、S、K、Ca、Na、Mg、Al、Zn、Fe、Cu、Agである。もちろん教科書最後には周期表があるので100以上あるのだが、テストに出てくるのはこの辺だけである。

中学生に「これをすべて覚えなさい!」というとめんどくさい、と思われてしまうかな?と思いきや、そうでもないのかな?と感じるこの頃だ。

はっきりこれだけ覚えればいいのだ、そう分かると覚えようと頑張る生徒が多い。次の日にカードやカルタなどで原子の記号の問題でゲームなんかやったりすると、結構覚えていて盛り上がる。当然大人になると忘れている人が多いだろうが、中学生のうちは単純に覚えることはきらいではないのかもしれない。

勉強では単なる暗記ですんでしまうものは多い。それを使って試行錯誤していくことになると、とたんに難しく感じるようである。だからこの分野で言うと、原子の記号は覚えているが化学方程式はちんぷんかんぷんという感じである。

私は化学方程式の作り方はもちろん教える。特に水の電気分解 2HO→2H+Oでは、なぜ水分子の前に2をつける必要があるか、原子モデルで考えさせる。それとは別に「中学生で覚えなければいけない化学方程式7」と単純に暗記しなさいと、別に黒板に書くことにしている。

理科が苦手な生徒ほど、ただ暗記するのはなんとかがんばれるのかもしれない。

アドンビラ

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書き順

2011/12/11 20:31
黒板に文字を書くと言うことは、文字ができていく様子を生徒たちに見られているわけである。だから、漢字などの書き順には気を遣う。

たまたま私の母が漢字が得意でうるさい人だったので、ほとんどの漢字の書き順には私は自信がある。今となって母の教えがありがたいと思う。

最近はテレビ番組などでも漢字を題材にしたりしているが、芸能人の漢字の書き順がなんとでたらめなことか!番組のテロップにも「書き順は正答に関係ありません」などとわざわざ出てくる始末である。せめて小学校で習う漢字の書き順くらいできるようになってから番組に出場してほしいものだ。

右、左、飛、必、発、在、凸、凹、題、凶・・・みなさん書き順大丈夫ですか?

アドンビラ
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黒板でボケ

2011/12/08 21:21
板書している間は生徒は集中力が切れるという。確かに背中を向けている時間帯だから無理もない。しかし、工夫次第で発言させることができる。

たとえば、板書にすべてのことを書かなければよい。魚類、両生類、(何も書かない)、鳥類・・・と書いていけば、それに気づいた生徒が「先生、は虫類!」と言えばOKである。

わざわざ言葉で発問しなくても常に板書でボケ(問題)をかませば良いのである。そこにツッコミ(答え)を返す生徒がいれば、褒めてあげるのである。授業はこういった会話が必要である。一方的に教師がしゃべったり、すべて子供の活動だけでもだめである。

時にはわざと間違ったことを書いて、それに気づく生徒を待ってみたりもする。

たとえば・・・

銅の特徴・・・金属、色は茶色、電流を流しやすい、光沢がある、磁石にくっつく、原子記号はCu、・・・と書いていく。何も気づかずに生徒はすらすらと書くが、中にはひっかかりそうな間違いに気づくえらい生徒もいる。

「先生、銅は本当に磁石にくっつくの?」「素晴らしい!よく気づいたね」こんな会話になればOK。周りの生徒も気づいた生徒に感心するから、印象に残って覚えるのも早い。

普段わざと間違っておくと、本当に間違ったときにごまかす時便利ですよね(笑)

アドンビラ      
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もっとも丁寧に板書するとき

2011/12/07 21:50
板書ははかないもので授業が終わると消えていく。当たり前のことだが寂しいものである。しかし、一日消されない板書がある。その時、私はもっとも丁寧な字で書くことにしている。さてなんでしょう?

それは中間テスト、期末テストの時の板書である。

「なんだ、つまんない」そう思う方もいらっしゃるだろうが、私は気合いを入れて書く。書くことはどの先生も同じで、今日のテストの予定、そして出欠席くらいだ。

平成23年度 後期中間テスト
1 国語  9:00〜 9:45 担当○○先生
2 数学 10:00〜10:45 担当△△先生
3 英語 11:00〜11:45 担当××先生
      リスニングは11:30〜

みたいな感じのごく当たり前の板書である。しかし、一日消されないし、そして生徒はテスト中、何回か顔を上げてこの文字を見るのだ。「きれいに書いておけば、気持ちも集中できるのでは?」そう思って書いている。実際、生徒は「先生!いつも以上に丁寧ですね」と言ってくる。

生徒にとってテストは人生を決めることにもつながってくる。やはり悪い環境は作ってはいけないと思う。当然板書の前に黒板はきれいに掃除し、床もゴミが落ちてないように掃除する。良い環境を作ることが大切ではないか。

アドンビラ
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黒板の左右を行ったり来たり

2011/12/05 21:06
生徒が「先生!横着してる!」と声をかける。私は「そうじゃない。頭がよいと言ってほしいね」

黒板を左右に分けて使うと、同じようなものが2回出てくるときは、異なる部分だけを黒板消しで消して書き直し、図などは再利用するときがある。

どんなときだろうか?

たとえば熱分解では炭酸水素ナトリウムの分解と酸化銀の分解が教科書には出ている。まずは炭酸水素ナトリウムの板書である。左側に炭酸水素ナトリウムが分解されると二酸化炭素、水、炭酸ナトリウムに化学変化し、それぞれの特徴などをまとめる。そして右側に実験図を描き、注意点などをまとめる。(下の写真のように)
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左に理論、右に実験図である。
生徒はこれをノートにすると上に理論、下に実験図でちょうど1ページにまとめる。

そしてここからが手間を省いた板書だ。

炭酸水素ナトリウムの文字を消し、酸化銀と書く。二酸化炭素、水、炭酸ナトリウムのところを消し、酸素、銀と書く。その他は前の板書をそのまま活用する。もちろんそれぞれの物質の特徴は書き直す。

右側はもっと手間を省く。実験図はそのまま、注意点もそのまま、物質名だけ書き直す。
完成した生徒のノートは次のようになり、左右比較して見やすいのだ。
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この2つの実験は物質が変わるだけで操作方法はそのままなのだから。こうした手間省きは理科ではたくさんできる。たとえば気体発生の実験で二酸化マンガンと過酸化水素水から水上置換方で酸素を集める実験と、塩酸と石灰石で二酸化炭素を水上置換方で集める実験方法もほとんど同じものだ。このようなものは理科では多く見かけらえる。

見通しを立ててきちんと板書していれば、こんなこともできるのだ。結局まとめかたに感心しているのは生徒の方なのだ。これは教科書からは学べない。先生の腕の見せ所である。

別に実験でなくても良い。

たとえば天球を利用した太陽の動きを板書するにしても、日本、赤道、北極、南半球と何種類か書くときに天球を毎回書かなくても再利用できるだろう。(もちろん生徒は何度も同じものを書くのだが・・・)
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乱雑に板書しているとこうはいきません。

アドンビラ
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ノートをもらう

2011/12/04 20:09
卒業前に生徒にお願いしていることがある。3年間書きためた中学校理科のノートをもらう(預かる)のである。もちろんノートの上手な生徒にお願いしている。

自分の書いた板書が基本になっているノートである。見直し、研究するのには最高の資料である。無駄なことを書きすぎていたり、逆に大切なことを書き忘れていたり、いろいろなことに気がつく。

特に次の年から生かせるのはまとめかたである。きちんとまとめることは簡単なようで難しい。特に生徒はそれができるのであれば、成績upに直接つながってくる。私は自分の教え子たちのノートをここ10年間くらいもらい続けてきた。それを眺めていると、「ここはもう少し分かりやすくまとめよう」と分かってくる。

そして、一番活用するのは前日の授業準備の時だ。教科書と卒業生ノートを見比べながら準備すれば、当日は何も見なくたって授業は進められる。

若い先生方はぜひお試しください。人から教わることももちろん多いですが、自分の授業、板書から教えられることは多く、自分の長所や短所が一発で分かります。

私の授業アイテムの中には、教科書と共に必ず過去の優秀な生徒のノートが入っている。時には4〜5冊。生徒はそれに気づいている。中には「先輩のノート見せて−」と言ってくる。良いノートを眺めながら「私もこんなふうにノートを作りたい!」そんな感想を言ってくる。生徒がどんどんのってくればしめたもの。どんどん成長していきますよね!

続く

アドンビラ

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表やグラフも作成することに意味がある

2011/12/03 19:04
表やグラフは線を引くのが面倒くさい。
ついつい出来合のプリントを使用してしまうことが多い。私も時間がないときはプリントやワークを用いるが、簡単な表やグラフなら描かせてみる。
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黒板の10cmの枠線を使えば、定規を使わずにきれいに板書できる。

一目盛り1cmと指定してノートをとらせれば、きれいに写すことができる。
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自分でグラフに点をプロットし、誤差などを考慮しながら、比例の直線のグラフなどを描くことは結構勉強になる。

続く

アドンビラ

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理論→実験

2011/12/01 21:32
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上の黒板のように最初に理論を書いて、そしてそれを調べる実験を次に書く。ちょうどこれで1ページになるように仕上げることを基本にしている。

実験は必ず実験図をいくつかは自分で描かせると良いと思う。

理論→実験は一般的には大切だ。教科書は実験→どうしてこうなったのか?→理論だが、いきなり実験をしても何をしているか分からずに遊びになってしまうことも多い。

結果がたとえ分かっていたとしても、それを実験で確かめることに十分生徒は関心を示す。

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今回は炭酸水素ナトリウムの熱分解、そしてそれに続き、酸化銀の熱分解をノートにまとめたものである。同じような実験をノート2ページにわたって見比べられるようにまとめている。きれいでしょう?

続く

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チョークを全色使った板書

2011/11/28 20:33
中学の生物分野ではヒトの体を勉強します。そのまとめでチョークを全色使ってみました。

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青紫などは滅多に使いませんが、デンプンヨウ素液反応で青紫になるので、そこだけ使ってみました。また、ばらばらに見える色もたとえば酵素名は同じ色、神経は同じ色など、統一はしてあるのです。

この板書は先にも書いたとおり、体の上下が左右に分かれていますが、これをノートにすると1ページになるので、この上下がくっつき、次のようなノートになります。

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チョークの色

2011/11/24 20:34
黒板と言えばチョークであるが、最近はいろいろな色がある。昔は3色くらいにしていたが、今は考えが変わってきた。

あるのなら使ってみようすべてのチョーク、というわけだ。ただ闇雲に使っては美しさがなくなる。見にくい色もあるので控えめに。

私は基本は白で字を書く。その中でも重要ポイントは黄色で表す。この2色がやはり見えやすいようだ。最重要点、区別したいものは赤を使っている。

しかし、それだけにはとどまらない。たとえば物質名は緑、化学式は水色、特徴は茶色など、共通点を同じ色にして区別してあげると、生徒は自分の感覚で写していく。最近はにじまない、そして裏移りしない水性のペンが20色で100円など、私が小さかった頃にはあり得ない価格で販売されているので、きれいに色を使い分ける子供が多いように感じる。

ごちゃごちゃせずに美しい色遣いというのは研究しがいがある。

続く

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